広野町。。。楢葉町。。。そして・・・

2016年5月2日 

続き・・・

久ノ浜地区を離れ、国道6号を北へ進んでゆく・・・
道はやや海から離れる。町を離れると歩道は途切れる・・・トンネルと切通しが連続する。
歩道の無い幹線国道は歩いててとても苦痛なのだが、ここではそれほどでもない。車の交通量が少ないからだろうか?
そうは言ってもただ黙々と国道を歩くだけでは面白くない。また例によって裏道に進路変更👣

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常磐線の久ノ浜次の駅、末続の町に入ってゆく。国道から少し下ると駅が見えてくる。

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こじんまりとした無人駅。ここでちょっと一休みしていこうと思ったが、時刻表を見るともうすぐ電車が来そうなので遠慮しておく(^^;)
駅を後にしてまたしばらく海の方に向かって下り坂を下りてゆくと、川沿いに出る。津波で橋が壊れてしまったようで、架け替え工事中。が、今日はさすがに工事は休み・・・
橋の周囲はかつては何軒か家があったようだが、今は何も無くなってしまっている・・・
それでも、田んぼには水が張られて田植えの真っ最中!
田植え中の農道のど真ん中をてくてく進んでゆく👣👣・・・

小さな集落を過ぎ、踏切を渡ると何もない山道になる。
「本当にこの道で大丈夫か!?」
かつて何度もグーグルマップに「騙された」経験があるので、半信半疑・・・💦
照明一つ無い真っ暗なトンネルをくぐり、「林道」をひたすら進むとまた国道に戻る(´▽`:)

山道を彷徨ううちにいつの間にか広野町に入っていたようだ。

国道を歩いているとこんな宿屋を目にする事が多くなった。
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昔は「モーテル」だったのだが、今は全国から集まってきている「原発作業員」のための宿泊所になっている。

しばらく国道は海から離れた山際を進むが、時々遠くに海も見える。すぐ脇を旧道が走っているようだが、あまりノンビリもしてられないので、ここは国道をひたすら歩いてゆく。
やがて道は人里に下りてきて、広野の町が目の前に現れてきた。

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また国道から逸れて旧道に入り、広野の町の中に入って行く。

全国どこでもそうであるように、広野の駅前通りも過疎化と自家用車普及のため寂れてきている。
追い打ちをかけるように、原発事故・・・

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広野町は、事故発生直後こそ「緊急時避難準備区域」に指定されていていたが、現在は普通の生活が出来る普通の町になっている。

はずである・・・

しかし、駅前通りで営業している店はほとんどない・・・
歩いている人も殆どなく、なんか、砂漠の真ん中の寂れた町に彷徨いこんだかのような錯覚に陥る・・・💧

駅を過ぎ、町を歩く。人の姿は・・・見かけない・・・

また国道に戻ってくる。
国道は県外ナンバーの、「4ナンバー」の車やトラックや作業車などが行き交う。

歩く。。。歩く。。。

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「Jビレッジ」の看板が見えてくる。
オイラ、サッカーはあまり詳しくないので、Jビレッジのことは震災前はほとんど知らなかった・・・
時々スポーツニュースで見るので名前だけは知っていたが、どこにあるのか(何県にあるのか)何をする施設か、そんな基本的なことすら知らなかった。

その名前を、ほとんど毎日のように耳にすることとなったのが3.11以降・・・

原発事故収束作業の拠点として、本来のサッカーのトレーニングセンターとしての役目とは全く違う使われ方をされてきた。現在(旅をしている当時)もなお、本来の姿には程遠い、Jビレッジ・・・

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Jビレッジ正門前付近で、楢葉町に入る。

特にゆかりのない限り、生涯その町名を耳にさえしないまま過ごしてもおかしくないような福島県の片隅の小さな町。そんな静かな小さな町が連なる福島県浜通り。
そんな町々の町名が、耳にこびりつくほど連日ニュース等報道で連呼される・・・

ここから先は、そんな「町々」を通る・・・

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道の駅は休業中・・・

本日の歩きのゴールは、常磐線で現在営業運転している終点の駅「竜田駅」
竜田駅に向かうため、ここの道の駅の前付近から国道を離れる。

国道を離れて、ふと振り返ると、何台ものバスの列が現れる。

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もちろん、観光ツアーバスじゃない。
バスの前面には、「1F」・「2F」の表示。

1階・2階じゃない・・・
福島第1、福島第2の略称だ!

なんというか・・・緊張感というか・・・恐怖感というか・・・
44年間生きてきて初めて感じる感覚・・・

そんな、「放射能」という得体の知れない化け物と日々戦っている作業員の人たち・・・
「頑張ってください!」としか言えない・・・

国道を離れ、里の道を歩いてゆく。ふと道端の林に目をやると、山菜の「ゼンマイ」が生えている。よく見るとそこら中に生えているのだが、所々、ポキッと折って採取された形跡がある!
ゼンマイだけじゃなく、タラの芽も、誰かが採取していった跡!!

いろんな考えや意見があるかもしれないが、それを見て、オイラは素直に嬉しかった(^o^)!
うまく言葉で表現は出来ないけど・・・

しかし、そんなちょっとした春の嬉しさも、この光景を前に色を無くした。

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テレビや新聞で見て知ったつもりになっていた原発事故の現状。しかし目の前に現実を、リアルに見せつけられると、やはり、無言になってしまう・・・
この除染廃棄物は最終的にどこに行くのだろう・・・

なんか・・・とてつもなくやるせない気分になる・・・

重苦しい気分を抱いたまま歩く・・・

田んぼの真ん中の一本道を歩いているのだが、ここら辺の田んぼは全く作付けされていない。見渡す限りだだっ広い雑草の原っぱ・・・

もう、考えるのも嫌になるほどの、重苦しい現実・・・

歩く。。。歩く。。。


木戸駅の前を通り過ぎる。駅近くに集落が見えてくる。

集落に入ったが人の気配があまりない。家の前に車が停めてあったりして、人がいるのは確かなのだが、なぜか、生活の匂いがしない。

次の集落も、その次も・・・

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次第に陽が傾き、夕闇が迫ってきている・・・

やがて日も落ち、本来なら家々にあかりが灯り、夕餉の香りが村に漂う頃だが、香りはおろか、家々の明かりも点かない・・・

そう・・・ここ、楢葉町は、つい半年前(2015年9月)に避難指示が解除されたばかりなのだ。
避難指示が解除されたとはいえ、みんなすぐには元の生活には戻れない。戻れる人は少しづつ、日中を中心に戻ってきているのだろうが、戻れない、もう戻らない人も、少なくないのだろう・・・

すっかり日も暮れ、辺りが暗くなってきても、明かりが灯っている家は数えるほどしかない・・・
誰も住んでいない家々の前を、空しく歩いてゆく。。。

不意に、何かが込み上げてきた!

「美しい福島を汚したのは誰だ! 誰が福島をこんなにしたんだ! 本当に本当に腹が立つ!」
震災直後に西田敏行が発したこのコメントが、頭の中にリフレインする!

怒りとも悲しみともつかない、感じたことのない感情!
「ほんとうに、誰がこんな町にしたんだ!!」

夕闇が迫る中、薄暗い町をさまよいながら、18時ちょい過ぎ、ようやく本日の「歩き」のゴール、竜田駅に到着!

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この数キロ先は帰還困難区域となっており、歩行者は歩いて通過することが出来ない。歩行者・自転車等の通行者はここから南相馬市原ノ町まで代行バスで移動することになる。

代行バスは1日2便のみ。次のバス時刻は・・・

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20時10分(゜o゜)!?
あと2時間もある💦
ここで夕食を食べつつバスを待とうと思っていたが、営業している店が全くない・・・

仕方ないよなあ・・・住んでいる人がほとんど戻ってないのに、店の営業再開なんて・・・

運良くいわき方面の電車が間もなく到着する。広野まで戻ればなんか店があるかもしれない。
いわき行きの電車で広野に戻る。
広野駅に降り、駅員に、どこか食事が出来る店はないか尋ねると、
「空いている店は今はないですよ」との答え。
「なんでもいいんで、食べ物を買える店はないですか?」
「それなら、国道にイオンがありますよ。歩いて10分くらいですね」

背に腹は代えられない(;´Д`)
真っ暗な町を歩き、国道に出ると、やけに明るいイオンが目に飛び込んでくる!
イオンで弁当を買い、駅に戻る。戻るとすでに駅員は退社しており、広野駅は無人に・・・

誰も居なくなった駅で、歩いて持って来る途中で冷めてしまった弁当を頬張る・・・
「旨くない・・・」
陽が沈むと辺りは急に肌寒くなる。弁当と一緒に買ってきた缶ビールは、不味い・・・

やがて最終の竜田行き電車が到着。竜田駅に戻る。

竜田駅には駅の待合室には入りきらないほど代行バスを待つ人が結構集まっている。
バス時刻表とともに、バス乗車の際の注意事項及び放射線量の注意書きが・・・

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いよいよ「そこ」を通過する。
もちろん、安全上問題はないはずだが、底知れぬ緊張感が、バスを待つ人たちの間に漂っているような気がする・・・

バスが到着。発車前に車内アナウンスで、色々注意事項の説明を受ける。

一回の通過で受ける放射線量の事。
途中、トイレ休憩等の停車は一切ない事。
通行中窓は絶対に開けてはいけない事。
etc...

バスは全く灯り一つない、真っ暗な「町」を、ひた進む。
ただ、漆黒の闇のはるか向こう、海の方向に、そこだけ不気味に明るい場所が見える。
車内は、静まり返っている・・・
ただ、ひたすら、走ってゆく

やがて車窓には明かりがポツポツ戻る。ようやく、「そこ」を通過したことがわかたった!


本当は日本一周、歩いて繋げたいのだが、ここばかりはどうしようもない。
いつの日か、5年後か10年後か、20年後か・・・もし、オイラが生きているうちに、原発が廃炉になり、帰還困難区域が解消され、歩いて通れるようになったとき、またここに来よう!歩いて通ろう!

そして、バスはほぼ定刻通り、原ノ町に到着。


本日の「歩き」の踏破距離は34.7km。

原ノ町駅前の「ホテル西山」に投宿。
なんか・・・今日は色々と、疲れました・・・
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コメント

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No title

こんばんは!

実際に歩くとその土地の雰囲気って分かるものですが、今回の行程は厳しいですね。
歩けば歩くほど心が重くなる。そんな雰囲気が伝わってきました。
自分もいつかはここを歩くことになりますが、もう少し先になりそうです。
まだその空気に耐える自信がありません。

話を変えて。。。。
歩きをやる前は、歩道の無い国道が有るって考えた事もありませんでした。
ましてや歩道の無いトンネルなんて。。。。
初めて歩道の無い2キロを超えるトンネルを歩いた際は、すごく緊張したことを覚えています。

No title

壱翁さん
こんばんは(^^)/

被災地を歩くのはある程度覚悟が必要ですね・・・福島はほかの被災地とはちょっと違う、精神的に過酷な旅でした・・・

歩道の無い国道、トンネルは、本当に怖いですよね~(;´Д`)
トンネルの壁に無数についている「傷」を見るたび、ぞっとしますよね(>_<)
今のところ、親不知子不知以上の難所には巡り合っていません。もしそんな道があったら、倍の時間がかかってもう回路を探すかもしれません(笑)